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パフュームの前衛性 初音ミクとの境界:攻殻機動隊との類似性 1
 パフュームの前衛性 初音ミクとの境界:攻殻機動隊との類似性 1

■前回と前々回で述べてきたこと。

 ・パフュームのアイドルとしての前衛性
   perfume パフューム,なかなかイイぞ。
 ・パフュームの楽曲としての前衛性
   perfume パヒューム 2 『ポリリズム』のアレンジが凄いわけ 改2

 これを下敷きに,暇にまかせてパフュームについて考えてみました。
 

■パフュームの声は誰の声?■

ボコーダーの使用が典型的だが,パフュームのボーカルはほぼ全部いじってある。
周波数を変え,エフェクトを被せ,声を重ねている。

結果,パフュームの声はかなり人工的に聴こえる。
よく口パクが話題となるが,ボーカルが生声に聴こえないので,口パクが目立つからだ。


ここまで声をいじると,果たしてボーカルは彼女たちの声である必要があるのだろうか。
実際,彼女たちの声はボーカルというより,楽器の一部であるし,
ライブでは再現不能だ。歌いたくてもライブでは歌えないのだ。

あの声が彼女たちの声である,という証明が難しい。
シャドーボーカルでもいいし,あそこまで声をいじると
初音ミクでもいい,ということになる。



■ポリリズムに見るパフュームの存在感■

しかし,パフュームのボーカルは彼女たちでなければならなかった。
以下,それについて述べる.


ヽ擽淵櫂螢螢坤爐猟阿せどころ−間奏部分『ポリ』

楽曲『ポリリズム』のハイライトは,
間奏部分の『ポリリズム』と繰り返されるその『ポリ』にある。

『ポリリズム』と繰り返されるところをじっくり聴いてみよう。

『ポリ』と『リズム』とは分離しているように聴こえないだろうか?


両者は電気的な処理が違う。

ポリの部分は特別強いいじり方をされている。

明らかに,周波数をいじり,エフェクトをかけ,音を重ねている。
エンディングでの『ポリリズム』と聴き比べてみると違いがよくわかる。

間奏部分の『ポリ』の方が浮かび上がって聴こえるのに対して,
エンディングでの『ポリ』と『リズム』は一つのつながった言葉に聴こえる。

間奏とエンディングでは,『ポリ』のアレンジが違うのだ。

間奏部分の『ポリ』はいわゆるサビ中のサビの部分なのである。
ギタリストなら,思いっきり陶酔してチョーキングしまくっている部分だ。


だが,もう彼女たちの生声からは遠いところに『ポリ』はある。
極めて人工的な音なのだ。

ここまで人工的に音を作り出していると,彼女たちの声である必要があるのか?という疑問が湧く。
ライブでも再現不能であり,口パクでしかパフォーマンスをすることができないのであれば,かわいくて,そこそこダンスの上手い誰かでも良かったわけである。


△發Π譴弔離魯ぅ薀ぅ函欒擽米各部分『は』

しかし,初音ミクではいけない仕掛けがこの楽曲には隠されている。

それが,楽曲の最初の部分にある。


楽曲の歌いだしの部分『とても大事な君の想いは』の『は』
声が幼く,音も若干はずしているので,いきなり緊張感がない,

この部分は,全体の極めて統率のとれた楽曲に比べて,随分調子はずれの感じがするところだ。

私も,最初聴いた時はとても痛かった。下手くそに聴こえたのだ。
いや,実際に上手くないのだろう。


だが,何度も聴くうち,その調子はずれが耳に馴染んできて,魅力的に聴こえ出したのだ。
つまり,高度に管理された楽曲のトーンの中で,
ほぼ唯一アンコントローラブルな部分が,『は』であり,
他が極めて人工的であるがゆえに,『は』が浮かび上がって聴こえるのだ。


これは,アレンジャーの意図するところのはずだ。
そう考える理由は,
まず,大切な楽曲の出だしであること。
音をいじればもっと『完璧』な音に出来たこと。
他の人が歌えば,例えばスカートの子(あーちゃん?)ではなく,
2番目に歌う子(かしゆか?)であれば,破綻なく歌えたであろうこと。
もっと『まともに』聴こえるようにいくらでも調整できたのだ。

そうしなかったということは,
アレンジャーはわざわざ楽曲の破綻を最初に提示したということになる。


『ポリ』と『は』に込められたアレンジャーの意図

曲の構成として,『は』彼女たちの生の部分vs『ポリ』人口ボーカルという図式になっている。


アレンジャーの意図そのは,

最初につたないボーカルを提示することで,
高度に管理された楽曲全体及び間奏部分で見せる『ポリ』を
より浮かび上がらせるという計算がある。


そして,次がアレンジャーの真意ではないかと想像されるのだが,
アレンジャーの意図そのは,楽曲の破綻及び,『ポリ』と『は』の対比を通して,
彼女たちのにじみ出る人間らしさをオーディエンスに感じさせようとしているのではないか。


そして,これは大事なことであるが,パフュームに求められたのは,歌の上手さではない。
彼女たちの人間性である,ということだ。

つまり,『は』という楽曲の破綻を通じて,彼女たちの人間性を感じさせることが重要なのである。

しかも,その人間性は聴いている人に好ましいものでなくてはならない。
そして,それは相当成功していると思う。


出だしでかしゆか?が歌っていたら,この楽曲はもっとパーフェクトになったであろうが,
おそらく魅力の乏しいものになっていたかもしれない。

彼女は中途半端に歌が上手いからだ。彼女たち自身を引き出すのには,
あーちゃん?の調子っぱずれな『は』が必要だったのである。


そう考えれば,ポリリズムの一番の聴かせどころは『ポリ』ではなく,
出だしの『は』ということになる。

音楽的にパーフェクトな『ポリ』ではなく,
調子はずれな『は』に楽曲の生命が宿っている。


『は』を通して,彼女たちの人間性を感じさせようとするアレンジャーの意図とはそういうことだ。


て本のアレンジャーのレベルの高さ

これは日本のアレンジレベルの高さを示している。
いわゆる『ヘタウマ』といっていいだろう。

いや,彼女たち自身がヘタウマなのではなく,
アレンジャーがヘタウマを理解している,ということだ。


失礼だが,彼女たちがまともに歌っても,ただの『ヘタ』でしかない。

『ヘタ』であることを楽曲に組み込み,それを楽曲の魅力にまで昇華できるアレンジャーの腕のさえは,
日本以外ではなかなか探すことができない。


もっとも,ヘタであれば誰でもいいというわけでもないだろう。
アレンジャーの中田氏はずっとパフュームの専属できている。
パフュームに何らかの強い魅力を見出したからだ。

その強い魅力とは,彼女たちのボーカリストとしての魅力ではなく,
まず声そのものの魅力であるのだろう。

そして何よりも彼女たちの人間性ではないかと思う。
これについては後述。


また,おそらく日本のオーディエンスは意識せずにアレンジャーの意図を受け入れているのだと思う。
ここは,日本人の先進的なところで,日本のサブカルチャーが世界に広まっている原因の一つである。

だいたい,どこにヘタなことが売りになる国があるのだろう。
そういえば,80年代,ドラムの代わりにダンボールを叩いて曲をヒットさせたイギリスの音楽家がいた。
随分,前衛的だといわれたものだ。


2に続く


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